2013年3月23日、村井吉敬さんが永眠されました。
村井さんはPARCの中心メンバーとして、
1980年代には鶴見良行さんらとのアジア調査、
1990年代から2004年頃までは、運営委員や代表理事として、
ODAに対する批判や東ティモールへの緊急支援、
グローバル化する経済と軍事の一体化への批判、
季刊『オルタ』発行など、
様々なご活躍をされてこられました。
アジア(特にインドネシア)とのかかわりは深く、
多くのことを教えていただきました。
今回、村井さんが
どのようにアジアを観る視点を持って過ごされたのか?
そして、どのような功績を残されたのか振り返ってみる
二つの追悼文をご紹介します。