PARC TOP池上彰の世界の歩き方 第1回

池上彰の世界の歩き方

第1回 「世界」を伝えるということ

 今回からコラムを連載することになりました。これまで70を超える国と地域を取材してきました。数ではイモトアヤコに負けますが、そこで経験したこと、感じたことを私なりに報告します。海外取材の結果は、これまでテレビや活字で伝えてきましたが、入り切れないでこぼれた話題もたくさんあります。そうした「海外こぼれ話」を楽しく読んでいただければ、と思っています。

 というわけで、最初は某国での経験談から……と思っていたところ、ジャーナリストの後藤健二さんが自称「イスラム国」に殺害されるというニュースが飛び込んできました。第1回が重いテーマになってしまいましたが、どうぞお付き合いください。

 私が後藤健二さんと初めて会ったのは、2002年のこと。私が担当していたNHKの「週刊こどもニュース」に出演していただいたときでした。このとき後藤さんは、アフガニスタンで学校に行こうとしている女の子をリポートしました。  アフガニスタンは、イスラム原理主義組織「タリバン」統治下時代、女子教育が禁じられていました。イスラム教の経典『コーラン』には、女性を大切にすべきものと命じています。それをタリバンは極端に解釈し、女性は家で大切に保護しなければならないと考え、学校教育を禁じたのです。女性が外出するときは、家族の男性が付き添うこと。家族以外の男性と一緒に行動することは許されませんでした。

 2001年秋、同時多発テロに怒ったアメリカは、テロの首謀者オサマ・ビンラディンが潜伏していたアフガニスタンを攻撃。タリバン政権は崩壊しました。その結果、女の子が学校教育を受けられる道が開けたのです。

 後藤さんは、「学校に行きたい」と望む女の子マリアムちゃんに焦点を当て、ドキュメントを制作してくれました。マリアムちゃんは、学校に行きたい。でも、家が貧しく、学校に行ける余裕はない。あきらめかけたマリアムちゃんに、後藤さんは、ユニセフ(国連児童基金)の援助制度があることを教え、晴れてマリアムちゃんは、学校に通えるようになります。

 ところが学校の校舎の外側には、学校に行きたいけれど行けないという子が溢れていました。

 学校はつまらない。なぜ学校に行かなくてはならないか、わからない。日本には、こういう子どもが大勢います。親に懇願してまで学校に行こうとしている子どもたちが世界にはいるのだというリポートは、「こどもニュース」の出演者である小中学生の子どもたちの心に響きました。後藤さんは、こんな心優しいジャーナリストだったのです。

 後藤さんとは、その後、私がNHKを退社した後の2005年以降、中東各地でお世話になりました。カダフィ政権崩壊直後の混乱するリビア、レバノンのイスラム教シーア派過激組織「ヒズボラ」の集会潜入、ヨルダンのシリア難民キャンプ。こうした各地にご一緒しました。

 しかし、その後の世界は、どうなったでしょうか。アフガニスタンは、タリバンが復活し、地方では学校が再び焼打ちにあうという事態に逆戻りです。隣国パキスタンでは、女子教育の大切さを訴えていたマララ・ユスフザイさんが、パキスタン・タリバン運動に命を狙われました。マララさんはノーベル平和賞を受賞しますが、ここでも事態は好転していないのです。

 そう考えると、後藤さんがリポートしたいことは、まだまだ山ほどあったのだと思います。後藤さんの無念を思うと、胸が詰まります。

 紛争や戦争は、誰かが報じなければ、現代では「存在しないこと」になってしまいます。誰かが現地に行って伝えなければ、弱い立場の人たちは、世界から見捨てられる。これが、後藤さんが各地に足を運ぶ理由でした。

 後藤さんの遺志を継ぐには、どうしたらいいのか。それは、世界のことを理解し、世界のために何ができるか、考えることではないでしょうか。

今回の残虐な事件をきっかけに、「イスラムは怖い」というイメージが広がっています。わずかな過激派の行動によって、イスラムに対する偏見が助長されています。これではいけないのです。

 とかく若い人が内向きになっていると言われる現代の日本。もっと世界のことを知り、世界に目を向けましょう。世界の平和のために貢献する日本。そのイメージが世界に広がれば、世界各地にいる日本人の安全性も高まるはずです。世界への貢献は、回り回って、日本に返ってくる。「情けは人のためならず」とは、こういうことを言うのだと思います。


【連載 バックナンバー】
第1回 「世界」を伝えるということ
第2回 少女たちの笑顔の裏に
第3回 真の援助とは
第4回 砂漠のハエは目に集まる
第5回 空から海賊を見分ける方法とは
第6回 今後発展する国を見分ける池上流の方法とは
第7回 「海外に行きなさい」とダライ・ラマ
第8回 パリのテロの現場から



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