PARC TOP池上彰の世界の歩き方 第4回

池上彰の世界の歩き方



第4回 沙漠のハエは目に集まる

 アフリカ北東部のジブチにある難民キャンプを取材したときのこと。ここには隣国ソマリアでの内戦から逃れた人たちが収容されていました。ジブチは小国。多数の難民を受け入れるのは困難です。このため、国境近くの沙漠の中に難民キャンプを作りました。難民が寝るテントはUNHCR(国連難民高等弁務官事務所)が用意し、食糧はWFP(世界食糧計画)が供給。子どもの世話はユニセフ(国連児童基金)の担当です。
 ここで難民にインタビューしていると、ハエが群がってきます。ハエが難民の子どもの目に集まっている映像をご覧になったことがあるかも知れません。それは、なぜか。このとき初めて知りました。沙漠には水がないため、ハエたちは水分を求め、人間の目の中の涙を吸おうとしていたのです。
 難民の中に、腕にケガをして、膿が出ている子どもがいました。ハエは、この膿にまで群がりました。水分に渇しているのです。過酷な環境の中で、難民の涙や膿を吸おうとするハエたち。恐るべき構図です。
 ジブチの隣国は、ソマリアからの分離独立を宣言しているソマリランド。ここは世界から国家としての承認を受けていない未承認国家ですが、ソマリアより治安が良く、安定しています。ソマリアの難民たちは、いったんソマリランドに入り、そこからジブチを目指します。
 ソマリアはイギリスとイタリアが分割して植民地支配していましたが、1960年に独立。9年後に軍事クーデターが起き、社会主義国家となります。独裁政権が続いてきましたが、1988年に内戦が勃発。内戦が長期化したため、飢餓が発生。国連の食糧供給が、各地に存在する武装勢力によって妨害されるため、1992年、国連のPKOとして米軍の部隊が派遣されました。ところが、武装勢力は国連に宣戦布告。武装勢力との戦闘で大きな犠牲を出した米軍は、1995年、ソマリアから撤退します。
 内戦が続くうちに、イスラム過激派が生まれます。それが「イスラム法廷会議」。ところが、この組織の青年部「アル・シャバブ」が一段と先鋭化して、イスラム法廷会議と対立。イスラム法廷会議を追放してしまいます。
現在は、過激派アル・シャバブと、これを抑え込もうとする暫定政府の間の内戦が続いています。ケニアなど周辺の国々は暫定政府を支援していますが、これに怒ったアル・シャバブがケニア国内でテロを起こしています。2013年9月には、ケニアの首都ナイロビにあるショッピングモールをアル・シャバブが襲撃。民間人61名と兵士6名の死亡者を含め、計240余名の死傷者が出ました。このショッピングモールは、その直前に私も入ったことがあったので、衝撃を受けたことを思い出します。
 内戦の一番の被害者は、女性や子どもたち。大勢の難民が、ケニアやジブチに出てきているのです。難民生活が長引くと、子どもたちの教育が問題になります。ジブチの難民キャンプでは、国際的なNGOが子どもたち向けに小学校から中学校レベルの学校を開いていました。
 ただし、問題は、どの言語で教えるか、です。ジブチはフランスの植民地だったこともあり、公用語はフランス語。難民キャンプでもフランス語で教育をすればいいようなものですが、ジブチ政府は、フランス語を話せるようになった難民が国内に定住するのを恐れています。このため、キャンプの中の学校の公用語は英語でした。
 授業の様子を取材していたら、突然、難民の女の子から声をかけられました。「皆さんに訴えたいことがあるのです」とのことでした。
 マイクを向けると、「どうか難民キャンプ内に高校を作ってください」という訴えでした。「私たちは、ここで中学校卒業程度の教育を受けることができます。でも、中学校を卒業したら、それまで。私たちはもっと勉強したいのです。高校までの教育を受けられたら、私たちの可能性が広がります。お願いです。高校を作ってください」
 これには言葉を失いました。日本の子どもたちに、是非聞かせたい訴えではありませんか。
 少女の訴えを聞いて、現地で活動するキリスト教系NGOの担当者に聞いたところ、難民キャンプの学校に高校の部を作ることも検討中だということでしたが、金が限られていて教師の手当てができず、なかなか思うようにはいかない、ということでした。
 ソマリア国内のアル・シャバブの戦闘員の若者たちの多くは、満足な教育を受けていません。このため、偏ったイスラム原理主義過激派の教えを容易に信じてしまいます。難民キャンプから過激派を生み出さないためにも、教育が必要なのです。
「私たちは、もっと勉強したいのです」
 少女の顔を忘れることはできません。難民の子どもたちの涙は、ハエのためのものではないはずです。



【連載 バックナンバー】
第1回 「世界」を伝えるということ
第2回 少女たちの笑顔の裏に
第3回 真の援助とは
第4回 沙漠のハエは目に集まる
第5回 空から海賊を見分ける方法とは
第6回 今後発展する国を見分ける池上流の方法とは
第7回 「海外に行きなさい」とダライ・ラマ
第8回 パリのテロの現場から



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