PARC TOP>オルタ>オルタ2007年6月号
「自己責任論」再考
文=杉田俊介
長い間不安定な生活や貧困状態に置かれた人の多くが「悪いのは自分だ」「自分の努力や能力が足りなかったから仕方ない」という自己責任の念に苦しめられる。フリーターもそうだし、野宿者もそうだ。ぼくもそうだったし、今もそうだから、よくわかる。
自立生活サポートセンターもやいの湯浅誠さんによると、格差と貧困は違う。「努力や能力に応じた格差はよい」とはまだ言えるが、貧困は政治的社会的に解決すべき問題で、個人の自己責任の埒外にある(「格差ではなく貧困の議論を」『賃金と社会保障』2006年10月下旬・11月上旬号)。雨宮処凛さんは繰り返し「ニートは全然悪くない。フリーターも全然悪くない」(『すごい生き方』ブログ)と言い切る。
湯浅さんも雨宮さんの質問に答えて「自己責任論は、自分のストレスや社会の矛盾を自分自身に向けさせる、もっともコストのかからない、もっとも安上がりに貧困を見えなくさせる手段です」(『生きさせろ!―難民化する若者たち』太田出版)と言っている。
実際、当事者運動のキーの一つは、社会から何重にも押し付けられた「悪いのは全部自分だ」という強力な思い込みを、当事者の心身からどう解除するか、にあった。
1970年代前半、脳性マヒ者のラディカルな当事者運動を展開した「青い芝の会」は「内なる健全者幻想」と執拗にたたかったし、同じ頃、ウーマンリブの女性たちは「内なる女らしさ幻想」と懸命に格闘した。その意味で、現在の不安定生活者や貧困者が強いられているのも「内なる正規雇用幻想」なのだ。問いは連続している。
2004年のイラクでの日本人人質事件の後に噴出した「自己責任論」は、むしろ苦境に立たされた人に「お前が悪い」と全責任を押し付ける口実でしかなかった。貧困者にも同じ論理が適用される。
努力が足りないからだ。怠け者だからだ。不安定生活者たちを強いる内なる優生思想は、この自己責任論が深く内面化された状態(「私がすべて悪い!」)なのだろう。「あなたは悪くない」「すべての責任は社会の側にある」という言葉には、当事者たちをこの自縄自縛から解放し、解毒する効果がある。この価値の転倒を可能にする実践的居場所を押し広げていくこと、それが何より急務だろう。
しかし他方で、素朴な疑念が少しある。これらの言葉は、ある種の洗脳の意味を含んでしまう。
それは「お前が悪い!/私がすべて悪い!」という洗脳に対する逆洗脳、戦略的な抵抗洗脳なのだろうが、「あなたは悪くない」「悪いのは社会だ」が洗脳的に作用する事実は動かない。状況の逼迫はわかる。ぼくなりにわかる。しかし、個人の自由(自らに由って立つ)の価値を依然深く信じる限り、何か違う抵抗の言葉もあるのではないか、と思いたい。
赤木智弘氏は「31歳フリーター。希望は、戦争。」(『論座』2007年1月号)他で書く――自分は10数年、希望も尊厳もないコンビニ夜勤等のフリーター生活を続けてきた、特に悪いこともしていない、既得権層の全ての平和は欺瞞に見える、こんな自分の生活と尊厳を救ってほしい、あなたたちにはその義務がある、と。
出口も行き場もないこの怨恨の切実さに、耳を澄ませよう。実際ぼくは赤木氏と同年齢で、20代半ばの頃、才能がなく大学院をとぼとぼ去って、コンビニや警備の仕事を転々としていたのであり、赤木氏の文章に触れるたびに胸をぎりぎり締め付けられる思いがする(だがぼくの環境は赤木氏より数段恵まれていた)。
しかし、だからこそ、自分の生存を「何も悪いことをしていない」純粋被害者=「子供たちは怒って怒って怒っている」(佐藤友哉『子供たち怒る怒る怒る』新潮社)のポジションに重ね、そこからスタートしてしまうと、やはり決定的に間違ってしまう、とぼくは確信している。
実際、赤木氏の苦痛は歴史的に孤立した苦痛ではなかった。ウーマンリブの田中美津は、ベトナム反戦運動と学園闘争が相乗的に盛り上がった頃に流行った「加害者の論理」を批判した。「人間とは、他人の痛みなら三年でもガマンできる生きものなのだ。それなのに抑圧者としての痛みなるものを原点に闘おうとすれば、どうしたってうさん臭さがつきまとう」(『いのちの女たちへ』河出文庫)と。男性左翼の嗜好する「自己批判」自体が、自分を批判する余裕のある連中の特権にすぎない、とも言った。
しかし同時に、彼女は、女性の中絶・堕胎の権利をめぐって、「産む産まないは女が決める」という叫び声に共感しつつ、あえて自分を子殺しの当事者(加害者)としても位置づけ、そこから、「生きたい、生きたい、生きたい女が、子供を殺させられちゃ」うこの社会を変えていこうとした。
大切なのは、「被抑圧者の日常とは、抑圧と被抑圧の重層的なかかわりの中で営まれていた」という加害/被害の多重性を洞察することだ。この感覚は、女性の生をありのままに肯定する、というリブのベース感覚と矛盾しない。自分はこんなにも苦しいが、純粋被害者ではないかもしれない。それを認めるのは本当につらい。切ない。でも、どうかよく考えてほしい。いやぼくは考える。さもないと、ぼくらは権威主義の誘惑と連鎖(「君たちは悪くない」と言葉で慰めるばかりか、生活や所得を保障してくれる権威者への依存と盲従)を永久に断ち切れないからだ。
亡命ユダヤ知識人のハンナ・アレントは「革命の目的は自由の創設」にあり、それを19世紀以来の社会運動は、たんなる生活の貧窮(生命の必然)からの解放・反乱へと切り詰めてしまった、と苦々しく書く(『革命について』筑摩書房)。
しかし、アレントが諸個人の自由な活動を賞賛できたのは、アテネのポリス的空間を理想化し、生命維持・出産・家事労働などを奴隷労働として軽視したからである。その意味でアレントの自由は労働の多様性を切り捨てて結晶している。探りたいのはアレントの自由を生命・出産・家事の側から鍛え直すこと、生命の平等な保障と個体の自由の尊重を(分裂したまま)同時に捉えていく道だ。
ぼくは長い間、次の矛盾に困惑させられてきた。「人は自立しなければ生きる価値がない」(自由の価値)。「人はたんに生きているだけでよい」(生命の価値)。
前者は正しい。後者も正しい。しかし両者は矛盾する。どういうことだろう。自分が不徹底に思われた。根本的に何かが間違っている気がした。しかし、ある時ふと雪解けのように気付いた。この矛盾と葛藤は自分の中で永久に消えはしない。ぼくらは自己否定と自己肯定の間で無限に引き裂かれて構わないらしい。むしろこの悪循環こそが、ぼくがフリーター的生活・生存を強いられてあることの存在証明なのだから。
ぼくは自分が悪循環の渦中にあることをまずは認める。そこからまっすぐに世の中を見つめ返す。他人と出会っていく。それはときに衝突を、激しい葛藤と論争を生むだろう。しかし、それで大丈夫らしいのだ、どうやら。田中は取り乱しを通して他人の取り乱しに出会え、と言った。そこには最高のチャンスがある、と。もちろんぼくは脳性マヒ者でも女性でもない。だからぼくが生きる以外ないぼくの場所から、自由と生存の分裂から叫ぶ。生きる。あがく。
すぎた・しゅんすけ/1975年生まれ。法政大学・大学院で日本文学を専攻。現在、川崎市のNPO法人で障害者サポートを仕事とする。著書に『フリーターにとって「自由」とは何か』(人文書院)。
いちヘルパーの小規模な日常
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(PARC)
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